『男は男だ』における新しさ――19世紀的なものとの訣別

KIMURA  Eiji

 この作品に関しては、主人公の変身が集団の中で新しい自己を見出す「肯定的な」ものか、あるいは全体主義の危険を先取りした「否定的な」ものかという議論がよく行われてきました。またタイトルのMann ist Mann を『男は男だ』と訳すべきかあるいは『員数は員数』とか『一人は一人だ』と訳すべきかという議論も行われてきたようです。今日は、これらの問題にひとつの、そしてできれば新しい回答を出したいと思っています。

1) 新しい演劇 

初めに「『男は男だ』は古典的な喜劇(ein klassisches Lustspielである」という、ブレヒトの規定を紹介したいと思います。この作品は1926925日、ダルムシュタットとデュッセルドルフで同時に初演されていますが、その成立は18年の夏まで遡ります。彼は188月に手紙の中で『舟形ぶらんこの上の太った男』(Der dicke Mann auf der Schiffschaukel)という作品に言及し、それを「未来の演劇のための新しい作品」と呼んでいます。これは、さしあたって書き進められなかったようですが、『ガルガイ』、そして『男は男だ』として陽の目を見る劇の原型です。その後も日記や手紙の中で「未来の演劇」や「新しい演劇」といった言葉が繰り返されます。

ここでブレヒトの協力者に関するベルンハルト・ライヒの回想に耳を傾けてみましょう。「ハウプトマンやブリは当時あまり文学に精通しているわけではなかったが、彼らは若かった。ブレヒトよりも若かった。(年齢的にはハウプトマンはブレヒトよりも1才年上1897-1973、ブリEmil Hesse-Burri1902-1966EK)戦争とインフレーションが彼らを教育した。そして彼らは、我々年長者と比べるとずっとルサンティマンが少なく、現代の人間や問題について、醒めた目で(nüchtern)、即物的に(sachlich)、断固として(kategorisch)判断していた。それがおそらく当時ブレヒトが必要としていたものだったのだろう。」ライヒは1893年生まれの演出家です。わずか5才ほど年上の彼が「我々年長者」と名乗っているのは、少々奇異な感じがしないでしょうか。ここにはワイマール共和国における世代意識が読み取れます。1914年の戦争や18年の革命の渦中にいて、熱狂的に行動したひとつ前の世代とブレヒトの世代の間にはある種の隔絶があり、彼もそれを強く意識していた若者の一人でした。[「ベルリーナー・イルストリールテに『若い世代の面々』が載る。ブレヒトが真中、トラーはいない。[……]26225日、ブレヒトは、新しい世代に属しているのは、自分とブリ、デープリン、ベンだと言う。ブロンネンは境界線上にいるということだ。」(ハウプトマン『1926年の日記』)]

彼が本格的に創作を始めたのは、表現主義が大きなブームを巻き起こした時期であり、実際ミュンヒェン大学のクッチャー助教授のゼミでも取り上げられたりしました。しかし彼の表現主義に対する評価は一貫して否定的です。資料1をご覧下さい。StrindhügelWedebabiesという言葉でわかるように、彼はストリンドベリやヴェーデキントを高く評価しながら、表現主義の中に似て非なるものを見ているのです。

次に資料2をご覧下さい。1927年5月に始まるブレヒトシュテルンベルク往復書簡において、議論は「ドラマの没落の歴史的必然性」、「ドラマの没落と個人の没落とのパラレルな関係」を確認することに始まり、「社会学者の立場からの判断」つまり「良い」「悪い」ではなく「正しい」「間違っている」といった判断の採用、さらには「古い美学の清算」というように展開されていきます。また26年のインタビューで彼は「私はドラマの造形には自分の感情を入れないようにしています。そうすると世界を偽造してしまうのです。私はできるだけ古典的で冷静な、すぐれて理性に発する表現様式を目指しています」と述べています。資料3です。ここには表現主義とともに自然主義との訣別が見てとれます。「作品の意味は今日ではたいてい俳優が観客の心に入り込むことによって消されてしまいます」という言葉は自然主義で頂点に達したイリュージョニズムの問題点を指摘しています。彼は「観客の理性をできるだけ高く評価し」、「自ら考えてもらうために、生(なま)の出来事を与え」ようとします。彼は近代劇における「性格」や「心理的な動機づけ」を排除し、ある状況下における人間の必然的な反応を描写することによって、むしろ観客が「心理学者」であることを要求するのです。彼は続いて「叙事的演劇に賛成」であると宣言し、次のように言います。「表現されるべき形象は、従来の慣習と反対に、まったく冷静に、古典的に観客の前に提示されるべきなのです。というのは、それは感情移入の対象ではありません。理解されるべきものなのです。」「典型的なものだけを造形します。」

こう見てくると「未来の演劇」、「新しい演劇」という概念と「古典的」であるという規定の結びつきがある程度明確になったのではないでしょうか。彼が言う「古典的」とは、「冷静」で「理性に発する」そして「感情移入」を排し、「典型的なもの」を表現しようとする形式であるとひとまず結論づけたいと思います。

 

2) 19世紀的個性概念の崩壊

シュテルンベルクは「私はドラマの没落の中にある必然性を見ているのです。というのは、ドラマの没落は歴史的に個人の没落、全存在の機械化とパラレルな関係にあるのです」と述べています。近代のドラマが前提にしていた「統一的個人」が危機にさらされている、という認識は、別の同時代人も共有していました。『男は男だ』上演の半年前、『バール』のウィーン上演に際してホーフマンスタールは、『新人の演劇 ある告知』という表題で「序幕」を書いています。彼は、その中で「16世紀に生まれ、19世紀にずいぶん太らされた個人という概念」が没落しつつあることを明らかにし、「絶対的な統一体としての自我」に疑問を投げかけています。ブレヒト自身も例えば前述のインタビューにおいて、「統一した個人などというのは神話です。人間はたえず崩壊し、新たに自己形成する原子なのです。それが何であるかを描くのが重要なのです」と述べています。

 この関連でもうひとつブレヒトの新しさを挙げておきます。それは、芸術と芸術家像に関わるものです。彼は、一人の天才が霊感を受けて一回限りの作品を創作するといったイメージとは無縁でした。資料4をご覧下さい。ギムナジウム時代からの友人や知人たちが証言しているように彼は「メモ魔」でした。そして、次の引用の「秘密めかすことなく」、「朗読したものを僕たちと一緒に路上ですぐに変更」、「新しく見出したテキストをメモに書きとめた」少年の姿にはその後の彼の創作の基本姿勢が見て取れます。18年には未公刊の最初の詩集『ベルト・ブレヒトと彼の友人たちによるギターのためのリート集』が完成していますが、彼がすでに当時から芸術を「集団製作」と考えていたことは興味深いように思います。

 

3) 「新しい人間のタイプ」(ein neuer Typus von Mensch)                                             

ブレヒトは、『男は男だ』についてのラジオ講演などで「新しいタイプの人間ein neuer Typus von Mensch」という概念を用いています。これは、まさに表現主義における「新しい人間」の理念に対置されるべきものです。ここで、いささか図式的になりますが、ブレヒト初期演劇と表現主義演劇との相違を考えてみたいと思います。「1925年キルコアの兵営における沖仲仕ゲーリー・ゲイの変容」という副題は、例えばトラーの『変容』(Die Wandlung)の「ある人間の闘い」といった抽象的、一般的な副題と対照的です。『変容』の主人公フリードリヒが人間に帰っていくのに対し、ゲーリー・ゲイは最後に「人間戦闘機械」に変身します。アハシュエロスのようになる危機を体験しながらも「自分自身に根ざしている」フリードリヒと皮を剥がれ、根こそぎにされるゲーリー・ゲイ、そして表現主義の犠牲死を行うヒーロー対ブレヒト初期作品の生き延びるアンチヒーロー、あるいは、すべてを失ってでも再生を目指すヒーロー対「何も失わない」アンチヒーローと定式化してもいいでしょう。フリードリヒは「君たちは本来の人間の歪んだ姿」だと言いますが、そのようなIdealismusにブレヒトは「新しい人間のタイプ」という醒めた現実把握で応えるのです。

 

4)  タイトルのMann ist Mann

 最後にタイトル『男は男だ』について考えたいと思います。この作品は四つのアイデンティティをめぐる話と捉えることができますが、そのいずれにも同一律の論理が関わっています。「神様は神様だ」(直接この言葉はありませんが、同じ場面で「寺は寺だ」Tempel ist Tempel ジップ)、「象は象だ」( Elefant ist Elefantそして「男は男だ」ブロディ・ファイヴ・ヴァージョン、「男は男だ」ゲーリー・ゲイヴァージョン。この四つの同一律の論理には差異があり、相互に関連し、また相互に異化し合っているように思います。

冒頭でゲーリー・ゲイの妻が、気の弱い夫に魚売りの女たちと兵士たちに注意するように言います。前者について「でも、どうか魚売りの女たちには注意しておくれ、連中は男たち(Männer)を狙っているからね[……]」と言い、後者については「あいつらも一人でいる人間には(für einen einzelnen Mann) 危ないよ。いつも4人でいるからね。」確かに同じMannという存在にとって両方とも危険だと言うのですが、その質は違っています。魚売りの女が狙うのは「男」であるのに対し、兵隊が危険であるのはいつも4人でいるからです。すなわち「員数」としてのMannが問題になっているのです。ジップはパゴダに忍び込んだ際に罠に引っかかり、神様に仕立てられてもなお「きっとポリーやジェスは俺を待っている」と考えますが、そのときすでに他の三人は何とか四人目を確保しようとゲイに目をつけています。十場ではウリアが「これでジップ自身が『男は男だ。それが問題だ』とか言って、俺たちの後を追っかけてこない限り、どうやら俺たちの苦労も峠を越したぜ」と言います。ジップが掛け替えのない男というアイデンティティにしがみついている間に、交換は完了するのです。ブロディ・ファイヴの場合、Mann ist Mann はまさに「男は男だ」ということになります。しかも二種類の「男」が彼の中でせめぎあっているのです。「セックスにおける男」(女に対する男 彼はWeib ist Weib という同一律を口にしています)とシステムが要求する欲望を抑圧する「表層としての男」、簡単に言えば「夜の男」と「昼の男」ということになりますが、この葛藤の中で彼はついに「男」を自ら抹殺、つまり去勢するのです。この二人の思考とは違って、ウリアが口にする「一人の男はもう一人の男と同じさ。男は男だ」という同一律は現代社会における交換価値の支配を如実に表しています。9場は劇中劇的な6つの笑劇から成り立っています。そこで張りぼての象を目にしたゲイは最初驚きますが、それが売れると知って「象は象だ。特に買い手がいるときには」と言います。彼もまた交換の原理を悟っているわけです。8場で、それまで家に帰ろうとしていたゲイを引き止めるのが、ジェスやウリアのGeschäftという言葉で、彼は「仕事、今仕事とおっしゃいましたね」と敏感に反応して、直後に訪ねてきた妻を知らないと言うのです。(→聖書ペテロ「そんな人は知らない」『肝っ玉おっかあ』などにも見られるモティーフ。生き延びることとverleugnen

Mann ist Mann という同一律の意味のずれは19世紀的な実体的同一性、「男は男だ」とか「私は私だ」という命題が危機にさらされていることを描いています。個人がMannという言葉を「他ならぬ男」というようにポジティヴに理解していても、組織の側の論理は違っています。それはMann ist Mannという実体的価値を意識したものではなく、むしろ繰り返される「一人なんてものの数じゃない(Einer ist keiner)」という価値観を背景に持っているのです。Mann ist Mann Einer ist keiner は一見、パラドックスのようですが、これは軍隊というシステムの中では、Einer ist keiner であるMannは、もう一人のEiner ist keiner であるMannと価値において同一であると説明できます。

このように考えるなら、タイトルのMann ist Mannは『男は男だ』であると同時に『員数は員数』なのです。そしてその両義性、あるいは曖昧さ(Zweideutigkeit)こそがグロテスクな喜劇性を浮かび上がらせていると言えるでしょう。その場合、19世紀的な同一性に執着し、破滅するブロディ・ファイヴが古いタイプの人間でゲーリー・ゲイが新しいタイプの人間であるという図式が成り立ちますが、ゲイの形象はやはり矛盾に満ちています。だからと言ってそれは、解釈の恣意性とは関係なく、第一義的にはテキストに内在している矛盾や多様な解釈可能性に起因すると考えたほうがいいでしょう。ブレヒト自身も成立の初期の段階からこの多義性を意識しています。例えばこの作品のLustspielという規定です。そこにはメルヒェンとの類似性、劇中劇の中で演じられる喜劇性といった様式的な側面とともに、変身することそのもののLust、「すべての重さを乗り越えた」(Galgei 10, 26)言わば軽やかさといった側面、彼が仲間と一緒に熱中したあの歳の市の舟形ぶらんこに乗った快さ ―― 女の子とのセックスにも似た快感 ―― が根底にあるように思われます。(ちなみにschaukelnは俗語で「セックスをする」と言う意味があります)しかし一方、彼はガルガイの解体を Lustmordspiel(快楽殺人遊戯)とも名づけています。そして彼を「現実を把握しない人間」と特徴づけ、「彼はそもそも生きているのか、彼は生きられている」と述べています。作品中でもジェスとウリアが正反対の評価をします。資料5をご覧下さい。

 ブレヒトの主眼は、あの「新しい人間のタイプ」に対して「良いか悪いか」という価値判断をするのではなく「社会学者」の視点で一つの新しい現象を描き、それを観客に提示することにあったと言えるでしょう。この関連で、当時ベルリンのVolksbühneでの上演を見たヘルベルト・イェーリングの言葉を引用して私の発表を終わりたいと思います。「演劇や詩の中で、機械としての人間に抗議して何という熱弁が揮われてきたことだろう。ここではそれが、喜劇のモティーフなのである。ブレヒトは機械の時代のメカニズムを賛美することもなく攻撃することもなく、自明のこととして捉え、それによって克服しようとするドイツ最初の舞台作家である。」(Herbert Ihering: Zur Aufführung an der Volksbühne Berlin 1927/1928. In: Berliner Börsen-Kurier vom 5.1. 1928.wiederveröffentlicht in: Brechts Mann ist Mann. Suhrkamp taschenbuch materialien S.249.)